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活劇と怪奇を混交した独自の室町伝奇を描く朝松健が、成熟して形而上の美の世界へ行ってしまうのか・・。
そんな懸念もありましたが、読後、ただただ素晴らしいです。 ご存知、一休シリーズの最新作ではありますが、邪悪な敵との闘争もない番外編にして、新境地を開く傑作であります。 二人の傑出した人間を通して、「生きる」こと「年を重ねていくこと」をシンプルかつ、まさに幽玄に描きながら、優れた幻想譚です。 山田風太郎の言によると、幽玄というのは、かつて絢爛美を意味する言葉であったのが、いつしか枯れたような荘厳なものを指す意味へ変わったそうです。 まさにこの物語の根幹を示す言葉ではないかと個人的には思います。 一休の若い日の身分や禅と現実に対しての苦悩、世阿弥の若き自分の美と芸における衰えの苦悩、それらがシンメトリーを成して、ある母娘を通して描かれていきます。 一休は、僧であるが故に苦悩しながらも、その娘、緒都と交わることで、俗世にて風狂で生きることを選択し、世阿弥は、愛し続けた人物と交わることを拒否することで、形而上の芸の世界へ生きることを選択するという象徴的なラストが読後、重いです。 僕は、過酷な運命の緒都が一休により、救われる件が、まったく夢幻の話しであっても僕は好きです。 死ぬまで目覚められないなら、想いは抱えて行きたいものですから。 この物語は、劇化される運命を感じました。 あまりに哀しく美しい物語は、演じられるべきだと思うからです。 醒めない夢はなくても、生きる上で、夢のような物語を誰もが持ち続けている。それが希望であり、生きるエネルギーではないだろうかと私は思います。 # by gymnema | 2006-02-25 19:35 | 時代伝奇
朝松健作品の主人公キャラクターとして、白凰坊は特異です
いわゆる「逆宇宙ハンターズ」から、スピンオフした主役ということになりますが、その存在は朝松健作品の主役としては際立った特徴があります。 まず最初から問答無用に強く、際立った弱点もなく、守るべき主義も徳目もないという点。 これは「魔術戦士」シリーズの第一巻であとがきで語られていますが、初期の朝松作品は、「一般人が徒手空拳だが、知識の力で、魔的なものに立ち向う」というのが基本コンセプトであったわけです。 それをあえて破った魔術戦士シリーズでさえ、主人公、志門聖司を屈強なファイタータイプで、「火」の魔術師としてヒーローらしく造形していますが、巻が進むごとに、精神面では悩める存在であることが浮き彫りになってきます。 「マジカルシティナイト」の鈴木勉も、白凰坊と似た奔放なタイプですが、彼は、「マジカルシティ」の刑事たる「騎士」であり、「シティ」の謎に縛られている存在です。 沙門つながりで言うと、時代伝奇ものの、キャラクターである一休宗純、祐天上人であっても時の為政者の意図に操られ、その能力は、受動的なものにならざるを得ません。 いわゆる無敵キャラであるがゆえの爽快感が、白凰坊の魅力だと思いますが、その無敵感は、一歩間違えば、空虚になってしまう危険性がありました。 少年漫画でいう強さのインフレの可能性ですね。 ゆえに、白凰坊の主演シリーズは、シリーズが進むごとに、精神的な弱点にも似た道具立てが整えられていることにあるでしょう。 初登場、逆宇宙シリーズでの白凰坊が最強でした。 純粋な破壊者。図らずも闇の側の逆宇宙ハンターズな訳ですが、守るべきものはなく、ただ思惟のままに行動し、突き抜けた悪の爽快感すら漂っていました。 白凰坊はいわば、さまざまなキャラクターの鏡というか対立概念を象徴する存在であり、単純な善と悪の対立を嘲笑する灰色の存在という極めて、特異なポジションにいたわけです。 もちろん、逆宇宙に対抗するという目的がありますが、強い動機とは言えない感じがあります。 魔族という「何者」でもなく、「何を求めている」のか分からない存在であるがゆえに、「逆宇宙」におけるアポートーシス的な存在ではないと想像していました。 レイザースでは、強すぎる故に、妖術の封印という縛りをかけられてしまいます。そして、無垢な存在=翡爻の庇護者としての側面が与えられます。 「ベルバランの鬼火」は、逆宇宙シリーズの前日譚ですが、キャラクターとしては、レイザースの、無垢な存在=マリアの庇護者でありながら邪悪で魅力的な男というキャラを引き継いでいます。 「十死街」でも、例の朱鳥をつれ、違う世界で暗躍する存在でした。 そして、「修羅鏡」です。 時代伝奇の世界、それも戦国期に出現し、織田信長と戦うわけですが、やはりここでも、無垢な存在=お凶の庇護者であります。 (ゆえに朱鳥をつれていないのでしょう) しかし、この作品で、白凰坊の存在意義が明確になりました。それが最大の変化でしょう。 人ならざる魔族の裔としての代償は、逆宇宙存在と戦い続けること。 前シリーズや短編で仄めかされていたように時間も空間も飛び越えた存在ですが、それは、世界Bとのあくなき闘争を続けることを意味します。 ムアコックのエターナルチャンピオンシリーズを連想しますが、彼は多元宇宙でも、たった一人です。 (魔族は神野族以外にもいるらしいので二人かもしれませんが・・)。 そしてその時代毎に、逆宇宙と闘う定命の存在もいますが、彼らは仲間ではありません。 守るべき存在(翡爻、マリア、お凶)ですら、彼の一種の純粋性みたいなものであり、協調する人間(ソーマワンサや林光明、どぶ六)もいますが、従者的な存在に留まり、彼の精神内には何人も近寄れないわけです。 「ベルバランの鬼火」で語っていた「自分を含めて、誰も愛することができない」というのは図らずも本心で、トレードマークのニヤニヤ笑いは、一種、虚無的なものであることが分かります。 次なる世界Bがどこか。 まさに逆宇宙神話における彼は、修羅偏在する存在なわけですね。 そして、いつの日か、もう一人の魔族の裔と廻り逢うのか。 逆宇宙存在と決定的に対決するのか。 次回作が非常に楽しみです。 14年の歳月を経て、逆宇宙シリーズは、過去も内包した広大さを秘め、パワーアップして帰ってきました。 例の台詞が思い出されます。 「そうだな。やりたいことはたくさんあるが、とりあえず、日本の霊的秩序とか魔教の権威とかぬかすやつを完膚なきまでに破壊してやるぜ」 # by gymnema | 2005-10-23 16:53
ケイトさん経由、未来様からの後指名で(と書くと、なんだかホストみたいですが(w))漫画バトンと小説バトンが回ってきました。
このblogも某SNSの方で日記を書いてたり、通勤時間はほぼ寝ているので読書量が減ったりして、ほとんど休業状態なのですが、いちおうbloggerの端くれで、選ばれてしまいました。 ということで、書いてみますが、昨今、長期記憶が曖昧で、飽きっぽいせいで、ベタで面白くないことは必定ですが、笑ってお許しください。 【漫画】 ・本棚に入ってる漫画の冊数 ・いま面白い漫画 ・最後に買った漫画 ・よく読む、あるいは特別な思い入れがある漫画(5冊まで) ・次に質問を廻す人(5人まで) ・本棚に入ってる漫画の冊数 本棚に入りきれません(w。段ボールに収納したままのやつとかがあって、数えられません(w 本棚も、2、3個あって、数えるのが苦行です。 山口貴由先生風に答えると「質問が悪い」です(w ・いま面白い漫画 むかしは、4大少年誌+様々なマイナー誌をチェックするくらい漫画好きだったんですが、何故か、あまり読まなくなりました。 ぶっちゃけて言うと飽きたんでしょう(w 強いてあげると、 山本 英夫「ホムンクルス」と、ベタですが、山口貴由「シグルイ」、森田信吾の漫画全部、平野耕太「ヘルシング」、長谷川哲也「獅子の時代」ですかね(なんか狂ってる漫画ばかりですが(w ・最後に買った漫画 山口貴由「シグルイ」第4巻です。 ・よく読む、あるいは特別な思い入れがある漫画(5冊まで) これは、思いつくまま適当に。 小林源文「東亜総統特務隊」 リアルなジャイアン×のび太関係の佐藤×中村(この表記だと、違う関係みたいですがw)のハチャメチャ戦争アクション。これを映画化して欲しい。 森田信吾「明楽と孫蔵」 殺陣と台詞、最高です。森田信吾にハズレなし 夢枕獏/板垣恵介「餓狼伝」 繰り返し読んでしまう。格闘に漂うポエジーこそ、夢枕獏/板垣恵介の真骨頂かと。 平野耕太「ヘルシング」 作者の書きたい事しか描いてないのに、少年ジャンプ的な展開にならないのがエラい。というか、編集者サイドの注文を聞いてなさそうなスタンスが凄い。 荒木飛呂彦「バオー来訪者」 JOJOも第一部と第二部は好きだけど、バオーの2巻で終わる凝縮された荒木世界は、短編とも違う趣があって好きです。今となっては、リメイクも、続編も不要な感じがします。 ・次に質問を廻す人(5人まで) 小説篇とまとめて。 【小説】 ・本棚に入ってる小説の数 ・いま読んでいる小説 ・あなたが買ったいちばん新しい小説 ・よく読む、あるいは思い入れのある小説(5冊まで) ・次に質問を廻す人(5人まで) ・本棚に入ってる小説の数 数えたくないです(w。というかコレに即答できる人はいるのだろうか・・・。 ・いま読んでいる小説 浅田次郎「天切り松 闇がたり 第三巻「初湯千両」。 心に沁みる良い話です。粋ってのは、哀しいくらいの優しさという感じがします。 ・あなたが買ったいちばん新しい小説 昨日、酔った勢いで買った、とマリ・デイビィス「英国占領」上下です。 ・よく読む、あるいは思い入れのある小説(5冊まで) ローレンス・ブロック「八百万の死にざま」 このblogでも書きましたが、今でも読み返します。何度読んでもラストで胸が熱くなります。 夢野久作全集3巻(筑摩書房版) 「猟奇歌」は暇なとき、なんとはなしに読んでますね。まあ魔太郎キャラですから(w 島田荘司「異邦の騎士」 島田荘司は、破天荒なトリックも好きだけど、青年期の純粋さと愚劣さを描いた作品もイイです。御手洗潔シリーズの先入観がなく読んだ本で、ほのかに感動した本です。 佐藤大輔「皇国の守護者」 まだ完結していませんが、乾いた世界観と、主人公の性格がまさにアンチ・ファンタジー・ライト・ノベルな傑作。佐藤大輔もハズレなし(ただし、雇われ仕事以外(w) 朝松健「比良坂ファイル 幻の女」 だごん様の本は、繰り返し読んでますが、「比良坂ファイル」はよく読みます。 やはり「ヴェールを脱いだ幻女(リリス)」は哀しくも美しい傑作です。 ・次に質問を廻す人(5人まで) うーん、5人も、この手のバトンを渡せる知り合いが(w とりあえず、小林様に振ります。よろしければ^^; 宿題を終えた気分です。 # by gymnema | 2005-07-10 00:11 | 漫画
福岡在住の人間としては、傑作短編「地の底の哄笑」に続く、福岡を舞台にしたcthulhu神話第二弾でしかも、長編ということで、期待を持って読み出しました。
読後感は、渾身の力を込めた、現時点での友成純一にしか書けない、ホラーの力作であると思いました。 地震というタイムリーな題材を、リアルすぎる(w福岡の地名描写等でディティール豊かに描き、映画評論と同様、饒舌な文体で、丹念に描かれます。 どう考えても、主人公二人、ライターの岩本淳三と、イラストレータの三神英輔は、友成さんの分身とも言えるキャラクターで、二人の酒を媒介した交流と、地方雑誌の共同の仕事を通して、三神の変容と、怪異な地震に見舞われる福岡の不穏な空気を描いていきます。 三神の変容は、ラブクラフト作品の愛読者なら察せられますが、それを九州という古代において、中央と争った歴史そして、南洋に対する憧憬、そして現代人の自然回帰願望を交えながら、描いていき、岩本と、仕事の新しいパートナーである高尾美智子は、観察者として、奔走します。 ここで言う恐怖は、「覚醒者」というタイトルが示すように、現代文明の閉塞に「覚醒」してしまう恐怖、そして、郷愁にも似た、すべてを御破算にして自然への回帰願望に帰依することの恐怖であると言えます。 朝松健の「崑央の女王」同様、カタストロフへの予兆を孕んだまま、読者は、不安のまま投げ出されますが、明らかに、続編が期待され、新たな友成流ホラーの幕開けを予感させます。 期待大です。 余談ながら、この小説で福岡が物騒と思われましたら、それは誤解です(w。 不穏な集団が暗躍しているのかな?僕が知らないだけかもしれませんが(w # by gymnema | 2005-06-04 20:45
私闘学園も、まったく偶然に手を取った一冊でした。
高校生ぐらいの時期で、ちょうど、プロレスでの第2次UWFブームの頃で、興味がその辺にあったのもキッカケなのでしょう。 夢枕獏「餓狼伝」等、プロレスや格闘技関連の本にハマっているころで、その関連の本を乱読しているころに、島本和彦氏の挿画と「笑う闘魂!熱血学園格闘技小説」のアオリで引っ張れられしまったという訳ですね。 僕も、この世代に多い、小中学校頃に、佐山聡のタイガーマスクに衝撃を受けて、遅れて、梶原一騎のプロレス/格闘技漫画に影響を受けまくっていた世代で、第2次UWFブーム頃は、その趣味が復活したころですから、内容もギャグも非常にツボにはまって、第一作「私闘学園」は爆笑しながら読みました。 「私闘学園」の不遇なところは、内容がギャグでかつプロレス・格闘技で、レーベルが青少年向けというところで、実は、学園ギャグ格闘技小説を確立した唯一無二な小説であるのに、過小評価されているところです。昨今の徒花のようなライトノベルの隆盛を見ても、(「セカイ系」は別ですが)私闘学園の与えた影響は大きいと思っています。 「私闘学園」以前は、スラップティクコメディなSFや、アクション、比較的真面目な(w少年少女向け小説はありましたが、私闘学園はバランスが特異で、カルトなプロレスや武術、映画や漫画等をパロディにしながら、実はストーリは、王道的なビルディンクスロマンな話なのです。 実際、主人公の一人である西城めぐみは、口だけの格闘技マニアでありながら、いつしか、自分の思いを新入生勧誘の席でぶち上げられるくらいの熱さを秘めるようになったり、最後は、妙な偏見を捨てて、格闘家としての道を歩みだしたりします。見事なのは、どうしても根性とか、挫折とか重苦しい話になるところを、ナンセンスギャグと周囲のユニークな登場人物との絡みで、笑えるものに仕上げていますし、雑誌連載の連作短編という構成で始まりながら、最終巻あたりは、書き下ろしになりテンションも上がっていきますが、ライトな気分で読めるところですね。 そして、野暮を承知で言えば、ちゃんと再読に耐える小説であるところです。ライトノベルの中には、メディアミックスを銭ゲバ的品性で、利用した小説や、手抜きで粗製濫造過ぎて、必要性のない活字の漫画が多かったります(漫画は、漫画という表現形式で大好きです。ライトノベルはスタージョンの法則を証明するかのような状態ですので、読まなくなりつつあります) 固い話になってしまうので、軟弱な路線に戻しますが(w、西城めぐみと、翔星東ニ郎の組み合わせと、めぐみと、ゆかりという対称的な兄弟の組み合わせが、妙にリアルだったりします。 特に、翔星東ニ郎みたいなヤツはクラスに一人はいるモンで、高校生あたりの、妄想たくましい頃をリアルに体現しているようで、キャラ造形といい、発言といい、いい味を出しています(今なら美男美女の学園ものの、ちょっとアレンジした感じでアブナい眼鏡の二枚目みたいなキャラになってしまうのでしょう) あとがきで、描かれていましたが、私闘学園はある種、理想を描いていたとの記述がありました。 そのとおりと、納得できる話で、友人達とも馬鹿話を毎日、気がねなくできて、学校の先生達や、親兄弟とも、多少の軋轢はありながら、同じところで生活ができる期間は限定されているので、実は後で気づくのですね。そこに、朝松健流のスラップスティックなギャグを入れれば、理想に近いリアルな私闘学園な世界になるのでしょう。 (高校生は、恋愛関連も描くべきでしょうが、あえて、はずしてあるため、生臭くない感じになっていて、私のようなモテない人間(wには痛くない仕様になっています。もし、私闘学園の大学生ヴァージョンがない理由の一つが、その辺なのではと邪推しています。スラップスティックなギャグのR指定な作品もありましが、私闘学園ほど成功していないのも、その辺かなと思っています) 私闘学園を読了して、奥付きの作品一覧を見て、驚いたのが、「魔教の幻影」と同じ作者であることでした(「魔教の幻影」の時に気づかないのが自分の馬鹿なとこですが)。 3度の出会いと書きましたが、最初が伝奇ヴァイオレンス小説で、次が、ミステリホラー、そして三度目が、ナンセンス格闘技と、ジャンルもベクトルも多様でありながら、すべて、面白く、朝松健は要チェックとなりました。 そして後年、「大菩薩峠の要塞」や「ノーザン・トレイル」のような伝奇時代小説、伝統的なコズミックホラーというべき、cthulfu神話に連なる作品群など、素晴らしく私の嗜好と合致する作品を送り出してくれて、楽しませてくれています。 故に、私の中で、朝松健という作家は別格なのです。三顧の礼で迎えてくれて、すべてが心に残るものでしたからね。 # by gymnema | 2005-04-29 15:00 | 逆宇宙
「魔術戦士」1巻を読了後は、続きを読みたいと強く思ったものの、特に、だごん様の他作品をチェックすることはありませんでした。(当時は、インターネットが普及する前で、検索とかもできませんし、詳細な著作リストもありませんでした。いまは、久留さんの完璧なリストが、存在しますので、便利ですね)
2回目は逆宇宙シリーズの1作目である、「魔教の幻影」。 ソノラマ文庫というレーベルには、夢枕獏「キマイラ」シリーズや、菊池秀行「吸血鬼ハンターD」「エイリアン」シリーズ、はままさのり「青の騎士ベルゼルガ物語」等、綺羅星のごとき傑作群があり、思い入れが強いのですが、古本屋で、その辺を中心に探してる頃に偶然、手に取ったのが、当時は逆宇宙ハンターズシリーズの1巻とは知らなかった、緑背表紙で分類SF「魔教の幻影」でした。 平野俊弘氏版の初版ではないのが幸いしたのかもしれません。内容は明らかに、ソノラマ文庫で多かったアニメーション作品のノベライズや、アニメーション的なセル画の似合う作風ではありませんでした。 末弥純氏の儚げなげな着物の女性が憂うような表情で佇む姿は、物語世界の重さに合っていました。 思春期の不安げな少年、淡島春夫と、異貌の逆宇宙ハンター比良坂天彦の颯爽した登場、そして春夫の兄貴分でもある好漢、青年僧吉水都英と、名僧、吉水都道、邪悪な老魔術師、巨勢玄応、得体の知れない敵の妖術僧達と、いわくありげな洋館に集う人々と謎を描くミステリホラーの王道とも言える作品でもありますし、長編「こわがらないで・・」にも通じる春夫の視点で見ると、思春期特有の不安感と大人への憧憬や嫌悪感を内包した違和感を描いた作品でもあります。 特に、僕は、比良坂天彦のような、キャラクターが大好きなので、面白さに圧倒されました。 痩身、黒衣の三揃えに、蒼白な顔に弦月型の傷が左眉上から眼の下へ、髪はオールバックで、物腰は慇懃だが、敵としての逆宇宙存在には、狂熱を秘めた探究心で対抗する異形の男。こういう、異端の知識人というのは、ホラーの鼻祖としての「吸血鬼ドラキュラ」、「フランケンシュタイン」にも登場する正当派なものですし、その描写には、諸星大二郎の稗田礼二郎や、高橋葉介の夢幻魔実也(怪奇篇ヴァージョン)を彷彿とさせるイメージもあり、非常に魅力的なキャラクターです。 そして、彼の語る「逆宇宙仮説」の魅力的なこと。 (当時、翻訳もので言うと、ラブクラフトや、C・A・スミス、マッケン、ハワード、ムアコック、ライバー、ドイル等々等、ホラーから、ミステリまで、乱読していましたが、僕が心惹かれるものは、主役としてのヒーロー達が、人間として欠落した部分を抱えていて、明らかに人間の暗部を象徴的に描きながら、エンターティメントとしての魅力がある作品なのでした) 残念なことに、「魔教の幻影」以後は、主役ではなく、脇役としての活躍になりますが、彼の存在こそが、朝松健作品の根幹としての世界観「逆宇宙」の観察者であり、探偵的な存在だと思っています。 故に彼には、現世的な肉体は消滅してしまいますが、精神が後継者に宿る様は、御都合主義的な展開ではなく、哀しい出来事ではありますが、必然ではなかったのかと思います。 死に瀕していた比良坂を利用していた、邪悪な魔術師、巨勢玄応が、比良坂の最後に慟哭する様は、同胞愛というか、闇の世界に魅せられ、取り込まれてしまっている存在同士のシンパシーの発露で、名シーンの一つです。 「魔教の幻影」はプロローグです。まだ商業出版一作目であるが故の良い意味で緊張感のある固さがありますが、緻密な構成と、翻訳された怪奇小説を思わせる文体と、確かな知識に裏打ちされた闇の世界の知識への嗜好と、僕には、こういう作品を書く作家がいることに対して、非常に喜びを覚えました。 そして、後年「比良坂ファイル」で、語られざる彼の冒険が語られ、哀しい過去に起因する彼の服装の理由を読者が知る事になりますが、短編も、怪奇小説の精髄というべき闇の香気があり、非常に面白い作品です。 比良坂のライヴァル?と言うべき、白衣の妖術僧は、次元を飛び越えて、復活する兆しがありますので、比良坂も復活するでは、ないでしょうか。 何故なら、現実と逆宇宙の狭間で、もう2つの世界は、融合しているような、そんな気がするからです。 黒衣のハンターが渉猟すべき不可思議な事象には、事欠かないことでしょう。 # by gymnema | 2005-04-24 00:31 | 逆宇宙
小林さんの顰みに倣って、僕も、相互リンク記念で、朝松健作品との出会いについて書いてみたいと思います。
小林さんとは、読書遍歴が重なる部分が多く、非常に親近感を持ちました(w 古くは、江戸川乱歩の少年探偵団から、ジュブナイル作品や、漫画やアニメのノベルズものを経て、読書を趣味とするという流れは、僕らの世代では、多いのではないでしょうか。今、考えると、当時、そういう仕事をされていた方が、作家として高名になっていたりして、時間の流れを感じたりします。 さて、ファンの間では、敬愛を込めて、「だごん様」と読んでおりますので、「だごん様」で略することをお許しください。「だごん様」とは、おそらく、朝松健氏の洒落としての魔術名(マジカル・モットー)であるUncle Dagonのことです。ちなみに私のGymnemaというのも、ダイエット食品にちなむ馬鹿げた魔網名?(ハンドルネーム)です(w。 だごん様の掲示板等で部分的に記述したことがありますが、だごん様作品とは、三顧の礼よろしく、三回偶然(必然?)出会っているのです。 1回目は、菊池秀行作品にハマっていた友人から借りた、魔術戦士 第1巻「蛇神召喚」。 2回目は、古本屋(すいません)で、偶然購入した、逆宇宙ハンターズ1巻「魔教の幻影」。 3回目は、格闘技小説が読みたくて、購入した「私闘学園」。 すべて、だごん様の著者名を意識して購入したわけではなく、たまたまなのが面白いです。 (このパターンでは、島田荘司の御手洗潔シリーズとは知らずに、読んでいた「切り裂きジャック百年の孤独」ぐらいかな?) 1回目は高校生ぐらいの時に、菊池秀行作品好きの友人に借りました。当時は、伝奇ヴァイオレンス小説の黄金期で、菊池秀行、夢枕獏以外の本を渉猟していたころに、印象的な表紙の「魔術戦士」を紹介されたのがきっかけでした。 まだ一巻だけで、紅いベレー帽を冠りコンバットナイフを銜え、印を結ぶ巨躯の軍人の姿が印象的で、レコードでいうジャケ買いを誘うのには十分な末弥純氏の挿画でした。そして、序文のCAUTIONで、完全に掴まれました。「魔術戦士」というタイトルも、ありそうでなかったタイトルです(魔法戦士だとファンタジィRPGでは、万能の戦士としておなじみですが、魔術戦士という訳語はなかったのではないでしょうか) まるで、海外ドラマのオープニングを思わせる歯切れの良いオープニング。 キャラの立った悪役としての魔術師。奔放なヴィジュアルイメージに満ちていながら、根底を支える闇の知識の深さ。当時は気づいていませんが、山田風太郎や横山光輝作品の忍法ものを思わせる死力を尽くした魔術戦の面白さ。 また、伝奇ヴァイオレンスが、ナンでもありで、作者の独りよがりな御都合主義に堕ちてしまう傾向があるのに、魔術と現実世界を移し鏡のように表裏一体に見える物語としてのリアリティ。 伝奇ヴァイオレンス小説としても一級品な出来でした。2巻までは、借りて読んでいましたが、3巻が出る頃には、買い揃えていました。 完結するのに長い年月がかかってしまいましたが、完結編「魔王召喚」も期待を裏切らない出来でした。そして、哀歓を感じるようなラストに、作家としての成熟と時代の流れの変転を感じてしまいました。 だごん様に捧げたオマージュめいた短文を参照してもらえれば、僕が如何に、逆宇宙世界を気に入ってるかを分かってもらえるかと思いますが、例えば、魔術戦士の悪役である平賀慶は俗物でありながら、内心が虚無であり、すべての人間共通の宇宙的孤独を描写するようなところに根本的に惹かれているのかもしれません。 僕が敬愛する作家達の作品は、その作家の心象風景だと思っています。故に、娯楽作であろうが、芸術作であろうが、魂の固有振動合うことで共鳴し心動かされるならば、それは幸福な邂逅であると思います。 長くなりましたので、事項で、逆宇宙最大のヒーロー比良坂のデビュー作「魔教の幻影」について語りたいと思います。 # by gymnema | 2005-04-17 13:54 | 逆宇宙
佐藤大輔作品はつねづね愛読しています。
最初に読んだのが皇国の守護者1巻でしたので、このシリーズはずっと読み続けているわけです。 タイトルは、極右な、ファンタジィらしからぬものですが、最初の塩山紀夫氏の挿画で、正統派な剣と魔法な異世界ファンタジィ小説と勘違い(wして購入したんですね。 内容は、剣牙虎や竜が存在する世界で有りながら、日露戦争や、ナポレオニックな世界を思わせる、大砲と銃そして軍事、主人公のヒーローらしからぬ強力な性格で、他にはない魅力的な世界を造り上げています。 特に主人公である新城直衛が、異常な魅力に満ちています。 例えば、乾いた能天気さがあるわけでもない、毛並みが良い主人公特有のノーブルさがあるわけでもない、人徳に満ちているわけでもなく、美男でもない。ピカレスクな小説にあるような自己陶酔もなく、絶望しきったような悪の負の魅力もない。 ないないづくしですが、そこが魅力です。 執念深く残酷極まりない行為も厭わず、様々に懊悩もするが、自分を知りすぎているが故に、自分を嫌い、馬鹿げた世界を呪いながら、一点の希望のために決断できる男。いわば自覚のある異常者が軍人として名を上げていく姿を描いています。 実は、佐藤大輔作品には、新城のようなキャラは主役としてよく登場します。 佐藤大輔は、戦略SLGや仮想戦記で名を成した作家ですが、私感としては、戦略とか戦術、兵器とか軍装など等、男としては、カタログスペック的なオタクな趣味は、もちろん、ありますが、実は、ハードボイルドな主人公と世界を軍事や、他のジャンルの外面を通して、描きたいのではないかと思っています。 私自身も、傑作の誉れ高い「征途」や、いまだ書き継がれている「レッドサン・ブラッククロス」シリーズも好きですが、1巻のみで完結し、ジャンルとして仮想戦記に分類されない「東京の優しい掟」や「虚栄の掟」「平壌クーデター作戦 」の方が好きだったりします。 極端な言い方をすると、従来のハードボイルドミステリの世代ではなく、オタク化した世代のハードボイルド作家という気がしているのですね。 新城の性格は、実際、ファンタジィとか仮想戦記の軍人主人公としては、異常な感じですが、ハードボイルドとしては鋳型にはめたようなよくあるキャラクタと言えましょう。 「皇国の守護者」というのは、近衛兵の意味のImperial Guardsを直訳した意味と、主人公が辿る皮肉な栄達とを象徴するタイトルですが、各巻のサブタイトルも、実際、ケレンあるタイトルながら、ひとつも字義通りでない展開を示す皮肉なものです。 佐藤大輔の描く世界は、当初は、オタク的なスペック愛好的な側面とそれを痛罵するような自己批判的な世界が同居していて、それはそれで魅力的なものでしたが、最近の作風として、世界は絶望に満ちているが、歩みを止めないで、それぞれの責任を果たすべき、たとえそれが、偽善や、客観的には無駄であってもという感じに変わってきています。この変化は、私に取っては好ましく思います。 夢の世界であっても、責任は夢見た人間にある。それが夢みた人間の権利であり、義務だと思えるからです。 # by gymnema | 2005-04-10 13:37 | 戦記
マッド・スカダーシリーズを最初に、読んだのは、傑作の誉れも高き「八百万の死にざま」でした。
当時、私事ながら、就職して、半年ほどで、最初の就職先を辞め、次の仕事を探しながら、自分の社会不適応さなど、ネガティブなことを考えている最中でした。 なぜ、読み出したのかは覚えていませんが、何か救いになるようなものを求めていたのでしょう。 最初は、よくある海外ミステリのハードボイルドものという認識しかありませんでしたが、最後の主人公、マッド・スカダーの独白に心震わされる感動を覚えました。 マシュウ・スカダーは、元警官で、偶然、犯人を追う途中で、罪もない少女を跳弾で死に至らしめてしまった過去を背負い、酒に逃避し、仕事も家族も捨て、そして免許のない探偵としてニューヨークを歩きまわる中年男です。 殺された娼婦の依頼を受けて、彼は孤独なまま、都会を彷徨い、アルコールに溺れ、最後に、直視することを避け続けてきた自分自身を最後に見つめます。 ハードボイルドらしく、それなりにワイズクラックで、アル中特有の自己弁護と強がりを言う彼が、AA(アルコール中毒者の扶助会)で最後にはっきりと、独白し、ありのままの自分を認めて泣き出すのです。 「マットといいます。私はアル中です」 私は、どんなに過酷な世界を描いていても、希望が見える物語が好きです。 例え、それが一瞬の幻想に過ぎないとしても、それを現実にしようとする意思は、虚構ではないと思うからです。 時間が流れて、マッド・スカダーは、立ち直り、元アル中といえる状態にまで回復し、再婚もして正規の探偵稼業を営んでいきシリーズは続くわけですが、エンターティメントとして水準以上の作品が多いのですが、正直、初期の無二の感動を味わうような輝きは以後、ありませんでいた。 しかし、今回の「処刑宣告」は、久々にラストの贈物で、ほのかな感動で締めくくられる良作でした。 島田荘司の「異邦の騎士」や「数字錠」に通じる、友への無償の優しさという話で、日常のなかで、さりげなく、こういう気遣いが出来れば幸せだなと思える作品でした。 # by gymnema | 2005-03-08 00:31 | 海外ミステリ
まだ3冊ぐらいしか読んでいないのに、短絡的な物言いかもしれませんが、えとう乱星作品は非常にウェルメイドな時代小説という感じがします。
時代小説でウェルメイドというのは、、空気感というか、変な言葉ですが「在りし日の幻想の過去」をプロとして描けているかという事だと思っています。 「書院番殺法帖」は、非業の死を遂げた死者の意志を継承する話ですね。 隠密であった間宮林蔵の意志を継ぎ、主人公の加納左馬ノ助と、その娘、お凛が、陰謀を挫くお話ですが、この作品も、「かぶき奉行」同様、有名人多数登場で、なかなか豪華です。 調所広郷が出てくる話は、なかなかないような気がしますので、新鮮な印象でした。 書院番という役職は、平和な時代の旗本の退廃を象徴した「外記刃傷事件」に関してのエッセイ等で職名は聴いたことがありましたが、うまいのは、いわば当時の超法規措置が緊急時にとれる役目を主人公が持っているところですね。この辺は、リアリティの要なので、考証不足だと、趣きが削がれてしまいます。 ちょっと残念なのは、構成が後半、駆け足だったことと、敵役の個性が際立っていないことでしょうか。単純な権力欲のある拗ね者という印象で、政争の駒として、主人公たちを操っているということなんでしょうけど、キャラ立ちが欲しかったですね。 この作品では、主人公たちは、時代の流れに抗しているわけですが、加納左馬ノ助のそれぞれの場所で懸命に分かり合うべきというのは、今後の歴史の流れを考えると悲しく聞こえるのも事実です。幕末へのプレリュードというわけで、これは、「終わりの始まり」の話なのでしょう。 「鬼平殺し」の方は、まず、思ったのは、出てくる料理がウマそうな小説にハズレなし(wということです。 後書きで述べられている池波正太郎の世界や、ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズ等、優れたシリーズものにおいて、料理の描写が、高級すぎるわけでもなくて、非常に美味しそうに描けていることは、登場人物のつながりを強める要素であることは言うまでもありません。そして、それぞれの距離感で、身分に依らないお互いに思いやる会話があるかですね。 その2つがあれば、主人公たちの人的ネットワークが機能し、悪に対抗するストーリーが流れ出すという理想的な構図が生まれ、主人公、一条惣太郎の造形は、その意味で成功していると思います。 そして、この作品はミステリが、死者の意志で実は、話が動いていくように、主人公は或る意味、鬼平こと長谷川平蔵その人と言えるでしょう。一条惣太郎は、探偵役で、鬼平の意志を辿る検証者の役目であると。 これは穿ちすぎな読み方かもしれませんが、えとう乱星氏の宣言ではないですか? つまり、池波正太郎氏が亡くなった後のウェルメイドな時代小説の衣鉢を継がれるという。 意図して、リスペクトされている意識の深層にそういう意志があるのではないかと思います。 長谷川平蔵の死の要因は、ネタばれになるので、避けますが、市井の安寧に尽くした人物が皮肉な原因で死に至るというのは、非常に、あっけなく哀しいようですが、生前の意思の力や功績で、死後も報われるのが一つの救いだと思います。。 えとう乱星作品に通底する人間観察の温かさと相まって、読後感に寂寥ではない、静寂があるのが、シリーズが続く良い余韻となっています。 長々と書きましたが、これから、まだ未読のえとう乱星作品が多数あるので、読破していくのが今後の楽しみです。池波正太郎作品のように、えとう乱星作品を読んだら、余暇の楽しみとして落ち着けますので、これからは、躊躇なく買えます。 # by gymnema | 2005-03-06 16:06 | 時代伝奇
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