活劇と怪奇を混交した独自の室町伝奇を描く朝松健が、成熟して形而上の美の世界へ行ってしまうのか・・。
そんな懸念もありましたが、読後、ただただ素晴らしいです。
ご存知、一休シリーズの最新作ではありますが、邪悪な敵との闘争もない番外編にして、新境地を開く傑作であります。
二人の傑出した人間を通して、「生きる」こと「年を重ねていくこと」をシンプルかつ、まさに幽玄に描きながら、優れた幻想譚です。
山田風太郎の言によると、幽玄というのは、かつて絢爛美を意味する言葉であったのが、いつしか枯れたような荘厳なものを指す意味へ変わったそうです。
まさにこの物語の根幹を示す言葉ではないかと個人的には思います。
一休の若い日の身分や禅と現実に対しての苦悩、世阿弥の若き自分の美と芸における衰えの苦悩、それらがシンメトリーを成して、ある母娘を通して描かれていきます。
一休は、僧であるが故に苦悩しながらも、その娘、緒都と交わることで、俗世にて風狂で生きることを選択し、世阿弥は、愛し続けた人物と交わることを拒否することで、形而上の芸の世界へ生きることを選択するという象徴的なラストが読後、重いです。
僕は、過酷な運命の緒都が一休により、救われる件が、まったく夢幻の話しであっても僕は好きです。
死ぬまで目覚められないなら、想いは抱えて行きたいものですから。
この物語は、劇化される運命を感じました。
あまりに哀しく美しい物語は、演じられるべきだと思うからです。
醒めない夢はなくても、生きる上で、夢のような物語を誰もが持ち続けている。それが希望であり、生きるエネルギーではないだろうかと私は思います。